The Last Temptation of Christ (1988) / 最後の誘惑

『最後の誘惑』(さいごのゆうわく、原題 The Last Temptation of Christ)は1988年のアメリカ映画。映画監督マーティン・スコセッシがイエス・キリストを悩める人間として、ユダの裏切りを神の使命として描き、物議を醸した作品である。ニコス・カザンザキスの同名の小説にもとづく。

その表題は、十字架に架けられたキリストが、マグダラのマリアとの結婚から多くの子どもをもうけ、最期は普通の人間として死ぬという誘惑があったという解釈に由来する。幾つものキリスト教関連団体から抗議の声があがり、上映反対運動も巻き起こった。

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The Last Temptation of Christ (1988) / 最後の誘惑

紀元前1世紀のパレスチナ。神への到達を目指すナザレのイエス(ウィレム・デフォー)は、まだ顕れることのない神からの啓示を待ちわび、日毎に深まる精神的、肉体的苦痛に耐えていた。ユダヤ教会からイエスの刺客を命ぜられるユダ(ハーヴェイ・カイテル)は、砂漠で神に清められたという彼の姿に畏怖に似た思いを抱き、殺さずしばらく共に行動することにした。ユダはやがて、淫婦と蔑すまれ折檻をうけているマグダラのマリア(バーバラ・ハーシー)をかばい、群衆に山上の説教を始めるイエスに、彼こそが国を統一する救世主かも知れないと思い始めるのだった。そしてイエスは、洗礼者ヨハネ(アンドレ・グレゴリー)の死を知って悪魔と戦う決意を示し、ガリラヤ湖周辺で病人を治して歩く彼の評判は次第に高まってゆく。しかし、すっかりファリサイ人の商売の場と化してしまっているエルサレムの神前で怒りをあらわにするイエスを、ユダヤ教司祭たちは尊大な奴と苦々しく思い始める。常に神の御心に添っていることをと祈りつつも、ついに力尺きてしまったイエスはユダに寺兵への密告を依頼するが、最後の晩餐の席でなおも十字架の死以外の道はないのか、と問いかける。過越の祭の夜、捕われて鞭打ちの刑に処されたイエスは、ローマ総督ピラト(デイヴィッド・ボウイ)にゴルゴダの丘での処刑を命じられる。十字架に礫られ神に祈るイエスの前に1人の少女が現われ、神はあなたを試されただけとイエスを十字架から解き放つ。彼はマグダラのマリアと愛を交わすが、彼女は神によって命を召される。落胆するイエスはラザロのマリアとの間で家庭を築き始めるが、ある日イエスの復活を説くパウロ(ハリー・ディーン・スタントン)から、私のイエスはあなたよりずっと偉大だと冷たく言われ、深い衝撃をうける。時は流れエルサレム滅亡の日、今まさに死なんとするイエスの枕元にかつての弟子達が次々に姿を現わし、怒りをあらわにするユダからあの天使の正体は悪魔だとぶちまけられ、愕然とするイエスは、私を救世主にして下さいと神に祈る。その瞬間、イエスの身体はゴルゴダの十字架の上にあった。悪夢からさめた彼は微笑をうかべ、これで救われたと神に感謝するのだった。(MovieWalker)

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